安部結蘭とヒョンスンの「不仲」は本当?ゆらヒョンの因縁・すれ違い・和解を徹底解説
日プ新世界の第1話予告に流れた「因縁関係」というテロップ。安部結蘭(ゆら)とユ・ヒョンスン(ひょん)、かつて同じグループでデビューしたはずの二人に、一体何があったのか——第2話の放送後、SNSはその答えを知って「泣いた」という声で溢れました。
二人の間にあったのは「不仲」ではなく、それぞれが抱えてきた事情と、伝えられなかった言葉が重なったすれ違いでした。

この記事では、PICKUS時代の原点から、すれ違いの真相、そして第2話の和解まで、ゆらヒョンの軌跡を一本の線でつないで解説します。
- 安部結蘭とヒョンスンの「因縁」予告テロップの正体と悪魔の編集の可能性
- PICKUS時代、二人がどんな関係だったか——家族より長く一緒にいた仲間の話
- なぜ二人は疎遠になったのか——PICKUSの活動停止と、それぞれが抱えた事情
- 第2話の30分の会話と和解の全貌
- 「ゆらヒョン」というコンビ名の由来と、三度目の挑戦にかける二人の今
ユ・ヒョンスン(日プ新世界)の前世はPICKUS!安部結蘭・浅香孝太郎との再会劇とプジェ出演歴を解説
ジャンプできる目次
安部結蘭とヒョンスンは本当に「不仲」だったの?
画像引用:produce101新世界
結論から言うと、二人は不仲ではありません。「因縁関係」という番組テロップが一人歩きしましたが、その正体は「互いに事情を知らないまま生まれたすれ違い」でした。
予告テロップ「因縁関係」の正体
日プ新世界の第1話予告に「因縁関係」というテロップが流れた瞬間、Xは一気にざわつきました。「ゆらとひょんに何があったの?」「喧嘩してるの?」という声が相次ぎ、放送前から大きな話題に。
ただ、このテロップはいわゆる「悪魔の編集(悪編)」の可能性が高いと言えます。
悪編とは、発言の一部を切り取ったり、前後の文脈を無視してつなぎ合わせることで、練習生にマイナスな印象を抱かせる演出手法のこと。
日プシリーズではお馴染みの手法で、視聴者の関心を引くための「フック」として使われます。
実際に第2話の本編を見ると、二人の間にあったのは「敵意」ではなく、伝えられなかった言葉が積み重なったすれ違いでした。

ヒョンスンの「僕に言うことないですか?」の真意
予告映像でひときわ印象的だったのが、ヒョンスンの「僕に言うことないですか?」という言葉。一見すると責めているように聞こえますが、第2話の公式ハイライト動画でその真意が明かされています。
ヒョンスンはゆらに対して「避けてたの気づいてた?」と切り出し、その後、自分が連絡を断っていた理由を語り始めました。それは怒りや憎しみからではなく、「家族よりも長く時間を一緒に過ごした大切な仲間に、辛いときに連絡が来なかった」という、深い寂しさと傷心からくる言葉でした。
「毒にも薬にもならない関係」という番組内での発言も、嫌いという意味ではなく「どう接すればいいかわからなくなった」という複雑な心境の表れ。


PICKUS時代の二人の関係性|ゆらヒョンの原点
「因縁」と呼ばれた二人の関係が、なぜこれほど多くの人の心を動かしたのか。その答えは、PICKUSとして過ごした時間の濃さにあります。
FAN PICKで生まれた絆——ゆらとヒョンスンのPICKUS内ポジション
二人が出会ったのは、2023年にMBC Mで放映された韓国のグローバルファンプロデュースプロジェクト番組「FAN PICK」。
安部結蘭はこの番組で最終1位を獲得し、センターとしてPICKUSに加入。
ヒョンスンはメインダンサーとしてグループを支えるポジションを担っていたとされています。
センターとメインダンサー、という組み合わせはK-popグループの中でも特別な関係性を生みやすい。
センターがフロントで表現を引っ張る一方、メインダンサーはグループ全体のダンスクオリティを底上げしながらセンターの動きとシンクロする役割を持つからです。

「家族より長く一緒にいた」韓国で二人が築いたもの
公式ハイライト動画の中でヒョンスン自身が語っています。「家族よりも過ごす時間が長かった」と。
茨城から単身で韓国に渡り、アイドルスクールに通いながらオーディションを受け続けたゆらにとって、韓国での活動は孤独との戦いでもありました。
言語の壁、何度も経験した落選、異国での生活——そんな環境の中でヒョンスンは、ゆらの一番近くにいた存在です。
その後PICKUSとしてデビューし、1stミニアルバム「Little Prince」を携えて活動を開始。
ファンの間では二人のコンビに「ヒョンゆら」という名前がつくほど、グループ内でも圧倒的な存在感を放つ看板コンビになっていました(現在は「ゆらヒョン」と呼ばれることが多いようです)。

安部結蘭が第1話で「ヒョンスンが参加しているのは今日知った」と語った意味
日プ新世界の第1話で、ゆら(安部結蘭)は「ヒョンスンが参加しているのは今日知った」と語っています。
これは二人が示し合わせて出願したわけではなく、それぞれが個人の力で選び取った道の先に、またも同じ舞台があったということ。
PICKUSでデビューし、プジェで再び挑戦し、そして日プ新世界へ。
番組は違えど、同じ夢を追い続けた二人が自然に引き寄せられるように同じステージに立ち続けている——この事実だけで、すでにドラマです。
なぜ二人はすれ違った?PICKUS解散と「沈黙」の真相
「家族より長く一緒にいた」二人がなぜ疎遠になったのか。
その背景には、グループの解散という出来事だけでなく、それぞれが個人として抱えた深い痛みがありました。
PICKUS活動停止の経緯——突然奪われた「帰る場所」
PICKUSは2024年4月23日に1stミニアルバム「Little Prince」でデビューしましたが、その後の活動はわずか1回のプロモーションで事実上停止。
Leminoの公式ニュースでも「グループの自然消滅をきっかけに疎遠に」と報じられています。
活動停止の背景として指摘されているのが、PICKUS結成のきっかけとなったオーディション番組「FAN PICK」をめぐるオフライン総点の操作疑惑です。
MBC Mを通じて放映されたこの疑惑を受け、事務所は正式な声明を出さないまま公式SNSの更新を2024年8月に停止。
メンバーたちは十分な説明もないまま、実質的に「帰る場所」を失う形となりました。
ただし、疑惑の詳細や事務所の公式対応については、現時点で大手メディアによる確認が取れていない部分もあります。
グループとしての正式な解散発表もなく、2026年1月にヒョンスン・ゆら・コウタロウの3人が「個人練習生のみ参加可能」な日プ新世界に出場したことで、事実上の解散が確定した形です。

ヒョンスンの父親の逝去「誰にも連絡できなかった」
グループの活動停止と時期が重なる形で、ヒョンスンには父親の逝去という個人的な出来事がありました。これは公式ハイライト動画の中でヒョンスン自身が語っている、一次情報として確認できる事実です。
ヒョンスンは当時の状況をこう振り返っています。
「突然のことで、全てが混乱していた。
だからSNSで『個人的な理由でしばらく連絡が取れなくなります』と投稿したけど、一緒にあれだけの時間を過ごしたゆらからも、連絡が来なかった」と。
アイドルの夢を支え続けてくれた父親を突然失い、グループも実質的に終わりを迎えた。
その絶望的な状況の中で、誰よりも信頼していた仲間からの連絡がなかったことが、ヒョンスンの中で深い傷として残ったのです。
ゆらもまた、言葉を失っていた
一方のゆらも、この時期に深く落ち込んでいました。
公式ハイライト動画の中でゆら本人が語っているように、デビュー後わずか1回のプロモーションでグループが自然消滅し、「夢と希望を失い、誰にも連絡をほぼ断っていた時期があった」と。
ヒョンスンのSNS投稿は見ていた。
でも「何と言えばいいかわからなかった」。
その言葉に、ゆらの当時の状態がにじんでいます。
自分自身も気持ちを閉じていた時期に、大切な人への言葉を見つけられなかった。
責めるよりも、どれほど苦しかったかが伝わってくる話です。

PROJECT 7(プジェ)——再びそろった3人
PICKUSの活動停止後、ゆら・ヒョンスン・コウタロウ(浅香孝太郎)の3人は、韓国の大型オーディション番組「PROJECT 7(プジェ)」に参加しました。
デビュー経験を持ちながらも一練習生として再び挑んだ3人ですが、結果はそれぞれ脱落という形に終わっています。
ORICON NEWSをはじめとする報道やABEMAのプロフィール掲載情報から確認できる範囲では、安部結蘭は第2回順位発表式で20位通過、その後第3回脱落式で脱落(各種順位報道では26位)。ヒョンスンは第1回合格脱落式での脱落(各種順位一覧では72位)とされています。
それでも3人は諦めなかった。
プジェからほぼ間を置かず、今度は日プ新世界へ。
「PICKUS→プジェ→日プ」と同じステージに立ち続ける姿には、言葉にならない覚悟があります。
第2話での和解——30分の会話の末に
すれ違ったまま同じ合宿に参加した二人。ヒョンスンの「避けたい」という気持ちを変えたのは、ゆらの変わらない明るさでした。
そして、30分に及ぶ会話の末に、二人はようやく言葉を取り戻します。
「避けてたの気づいてた?」ヒョンスンが口を開いた瞬間
合宿中、ヒョンスンはずっとゆらを避けていました。
再評価を経てゆらが同じAクラスに上がってきたとき、ライバルとして避けては通れない存在になったことで、ヒョンスンはついに口を開きます。
「避けてたの気づいてた?」
その言葉から始まった会話の中で、ヒョンスンは父親の逝去について初めてゆらに打ち明けました。
「突然すぎて、全てが混乱していた。SNSで連絡が取れなくなると投稿したけど、あれだけ一緒にいたのに、ゆらからも連絡がこなかった」と。
そして、複雑な感情も素直に吐露しています。「正直、嬉しかった。でも、そんな自分が嫌だった。ずっと嫌いだったのに、いざ会ったら嬉しくて」
嫌っていたはずなのに会えば嬉しい、その矛盾した感情こそが、ヒョンスンにとってゆらがどれだけ大切な存在かを物語っています。

「本当に申し訳なかった、ごめんなさい」ゆらの謝罪と、30分の着地
ヒョンスンの言葉を受けたゆらも、自分の当時の状況を正直に話しました。
グループが自然消滅した後、夢と希望を失って誰への連絡もほぼ断っていたこと。ヒョンスンのSNS投稿は見ていたけれど、「何と言えばいいかわからなかった」という思いがあったこと。
お互いの事情を初めて知った二人の会話は、30分に及びました。その末にゆらが口にした言葉は、シンプルで、だからこそ重かった。
「本当に申し訳なかった、ごめんなさい」
そして二人はハグして分かり会える瞬間を迎えました。
ヒョンスンもこう応えています。
「お互いに誤解があったとわかった。お互い謝り合って解決できた。これからも大切な仲間として一緒にいたい」(引用:PRODUCE 101 JAPAN 新世界 公式ハイライト動画)
「しんどい流れかと思ったけど、ちゃんと救いがあった」
「どちらのことも応援したくなった」

センター決定の瞬間、ヒョンスンが飛び上がった
和解を経た後、二人の関係性は一気に変わります。テーマソング「SHINSEKAI」のセンターを決めるパフォーマンスバトルで、ゆらがセンターに選ばれた瞬間——後ろにいたヒョンスンが、自分のことのように立ち上がって大口を開けて喜んだのです。
Leminoの公式ニュースでも「関係性が修復したことが、センターを狙うためのエネルギーに繋がったのかな」「最高の再会」という視聴者の声が紹介されています。
「嫌いだから話せなかったのではなく、好きすぎて、大切すぎてどう接していいかわからなかった」——その感情が解けた瞬間に見せたあの喜び方は、今大会屈指の名シーンになったと思います。

「ゆらヒョン」はいつ生まれた?コンビ名の由来と三度目の挑戦
和解を経てより深まった二人の関係性。ファンの間ではすでに「ゆらヒョン」という名前で親しまれていますが、このコンビ名はどこから来たのでしょうか。
「ゆらヒョン」というコンビ名の誕生
安部結蘭(YURA=ゆら)× ユ・ヒョンスン(HYEONSEUNG=ひょん)。この二人の名前を合わせた「ゆらヒョン」というコンビ名は、公式が命名したものでも、番組内でそう呼ばれたわけでもありません。
第1話の予告映像に「因縁関係」のテロップが流れた瞬間、Xで「ユラヒョンスン…」という形で即座に反応が生まれ、そのまま「ゆらヒョン」という表記が自然発生的に定着していきました。ファンが放送当日のうちに名付け、広めたコンビ名です。
もともとPICKUS時代には「ヒョンゆら」という順番で呼ばれていたとされており、日プ新世界での再会を経て「ゆらヒョン」に逆転したのも、二人の関係性の変化を象徴しているようで面白いですよね。

三度目の正直——二人が同じ夢を追い続ける理由
PICKUS→プジェ→日プ新世界。
番組は違えど、ゆらとヒョンスンは何度も同じステージに辿り着いています。
ゆら自身が第1話で「ヒョンスンが参加しているのは今日知った」と語っているように、これは示し合わせた結果ではなく、それぞれが必死に夢を追った末の「偶然の必然」です。
一度は事務所の事情でデビューの場を奪われ、プジェでも脱落という結果に終わった。
それでも諦めなかった二人が、わだかまりまで乗り越えて同じ合宿にいる——この事実だけで、すでに十分すぎるドラマがあります。
モデルプレスの報道によると、中間順位では安部結蘭が4位、ヒョンスンが15位という結果。デビュー圏内(12位以内)にはまだ距離がある状況ですが、ゆらヒョンの物語はまだ終わっていません。二人が同じグループとしてデビューする未来を、ファンは信じて待っています。

まとめ|安部結蘭とヒョンスン、ゆらヒョンの軌跡
「因縁関係」というテロップから始まったゆらヒョンの物語は、第2話で大きな転換点を迎えました。最後に要点を整理しておきます。
- 「因縁関係」テロップは悪魔の編集の可能性が高く、二人は不仲ではなかった
- FAN PICKで出会い、PICKUS時代は「家族より長く一緒にいた」ほどの絆を築いていた
- PICKUSの活動停止+ヒョンスンの父親の逝去という出来事が重なり、互いに連絡を断っていた
- どちらも「悪意ある沈黙」ではなく、それぞれが深い痛みを抱えた末のすれ違いだった
- 第2話で30分の会話の末に和解。ヒョンスンの「これからも大切な仲間として一緒にいたい」という言葉で決着
- センター決定の瞬間にヒョンスンが飛び上がって喜んだシーンは今大会屈指の名シーン
- 「ゆらヒョン」というコンビ名はファンが自然発生的に命名。PICKUS時代の「ヒョンゆら」から逆転している
