照井康祐の前世・経歴まとめ!EXPGからデビュー順位までを徹底解説【KO1KEYZ/日プ新世界】
日プ新世界(PRODUCE 101 JAPAN 新世界)で最終11位となり、KO1KEYZのメンバーに選ばれた照井康祐(KOSUKE)さん。実は番組参加前から、ダンスを軸にさまざまな活動を経験してきました。

この記事では、照井康祐さんの前世・経歴をEXPG時代からDBSing、日プ新世界の順位、KO1KEYZデビューまで時系列で整理します。
- 照井康祐の前世・経歴を時系列で整理
- EXPGとGENERATIONSバックダンサーの経歴
- TOKYO ALMIGHTY・DBSingでの過去活動
- 日プ新世界の順位推移とデビュー順位
照井康祐の前世・経歴は?
照井康祐さんの前世をたどると、EXPGでダンスを学んだ時期から動画での発信、育成ユニットでの活動へと、少しずつステージを広げてきたことがわかります。
まずは日プ新世界に参加するまでの流れを時系列で整理します。
照井康祐の前世・経歴は?時系列でまとめ
照井康祐さんは、EXPG→TOKYO ALMIGHTY→DBSing→日プ新世界と活動の場を広げてきました。


| 時期 | 経歴・活動 |
|---|---|
| 中学時代頃 | EXPG STUDIO TOKYOに関連するダンス動画へ出演 |
| EXPG時代 | GENERATIONSのバックダンサーを経験 |
| 2023年頃〜 | TOKYO ALMIGHTYのKOSUKEとしてダンス動画に出演 |
| 2024年 | ワタナベエンターテインメント「DBSing」で活動 |
| 2024年12月 | DBSingからデビュー選抜グループ「SEVENIC」が誕生 |
| 2025年初頭 | DBSingでの活動を終了 |
| 2026年 | 「PRODUCE 101 JAPAN 新世界」に参加 |
| 2026年6月 | 最終11位でKO1KEYZ入り |
| 2026年10月7日 | KO1KEYZとして日韓同時デビュー |
ワタナベエンターテインメントのDBSing旧公式ページにも、「コウスケ/照井康祐」として名前が掲載されています。
スクールで学ぶだけでなく、人前で踊る仕事や育成ユニットでの活動まで経験していたのがポイントです。
現在のステージだけを見ると落ち着いて見える照井さんですが、その裏には何度も環境を変えながら経験を積んできた時間があります。若いうちから一つずつ実戦経験を増やしてきた経歴を知ると、日プでの堂々とした見せ方にも納得させられます。
照井康祐はEXPG STUDIO TOKYO出身?
過去のダンス動画には「#expg」「#expgstudiotokyo」「#expg東京校」が確認できます。


照井さんの過去動画には、TOKYO ALMIGHTYの「こーすけ」として踊る姿が残されています。
@b_wave @TOKYO ALMIGHTY のこーすけとコラボ🕺 #expg #expgstudiotokyo #expg東京校 #tokyoalmighty
EXPGは、LDHが展開するダンス・ボーカルなどのエンタテイナー育成スクールです。
現在の日プ新世界公式プロフィールでも、照井さんは特技に「ダンス、ラップ」を挙げています。
日プでのダンスを見ると、動きの途中よりも振付が止まった瞬間のシルエットが崩れにくいのが印象的です。重心を保ったまま次の動きへつなげるため、激しい振付でも形が雑に見えにくいんですよね。
もちろん現在の技術すべてをEXPG時代だけに結びつけることはできません。それでも、長くダンスを続けるための基礎を作った重要な時期のひとつだったと見ると、今のKOSUKEにつながる道筋が見えやすくなります。
照井康祐はGENERATIONSのバックダンサーだった?
照井康祐さんはダンススクール時代、初仕事でGENERATIONSのバックダンサーを経験していました。
この経歴は、2026年10月3日放送のフジテレビ系「MUSIC FAIR」で照井さん本人が初めて明かしたものです。
しっかり喋るな〜康祐 https://t.co/sgb5fkErW3
— 八尾楼 (@rou_yao) October 3, 2026
MUSIC FAIR公式サイトでは、この日の出演者としてGENERATIONSとKO1KEYZが並んでいます。


照井さんは番組内で、日プ新世界を受ける前に通っていたダンススクールで、初めての仕事としてGENERATIONSのバックダンサーを務めたと説明しています。
この発言はモデルプレス配信の記事でも報じられています。
レッスン経験だけではなく、プロのアーティストを支える側として実際の仕事を経験していたことが今回初めてはっきりしました。
バックダンサーでは自分だけが目立てばいいわけではなく、アーティストや楽曲全体の見え方に合わせる必要があります。
日プでも、前へ出る瞬間と周囲になじむ瞬間の切り替えが自然だった照井さん。過去の経験がすべての理由とは言えませんが、ステージ全体を見る感覚を早くから学んでいた可能性はありそうです。
そして数年後、自分自身がKO1KEYZのメンバーとしてGENERATIONSと同じ音楽番組へ。
前世を調べるだけでは見えなかった「バックで踊る側から、自分の名前でステージに立つ側へ」という変化まで含めて、今回判明した経歴はかなり印象に残ります。
照井康祐はTOKYO ALMIGHTYで活動していた?
照井康祐さんは過去にTOKYO ALMIGHTYのKOSUKEとしてダンス動画へ出演していました。


過去のTikTokでは、TOKYO ALMIGHTYの「こーすけ」として複数のダンス動画に登場しています。
@b_wave @TOKYO ALMIGHTY SHUNSUKE×KOUSUKE 🗼🤝#expg #expg東京校 #expgstudiotokyo #BWAVE #HIKARU #TOKYOALMIGHTY #SHUNSUKE #KOUSUKE #fyp #dance #tsubakillchallenge #TSUBAKILL #RATATA @TSUBAKILL ♬ オリジナル楽曲 – TSUBAKILL
一方で、TOKYO ALMIGHTYがどのような運営体制のチームだったのか、EXPGと公式にどんな関係があったのかまでは確認できません。
そのため、「EXPG練習生だけで結成された公式チーム」とまでは断定しないのが安全です。
それでも、スタジオレッスンとは別に、カメラ越しで自分のダンスを届ける経験を積んでいたことはわかります。
日プの推しカメラでは一人だけを長く映されても表情が途切れにくかった照井さん。こうした過去動画を見ると、踊る技術だけでなく「画面の中でどう見えるか」も早い時期から試してきたことが伝わってきます。
照井康祐はDBSingでどんな活動をしていた?
照井康祐さんは、ワタナベエンターテインメントのサバイバル型育成ユニット「DBSing」で活動していました。
ワタナベエンターテインメント公式では、DBSingを「音楽で日本と世界に挑戦する若手男性アーティスト」をコンセプトとしたサバイバル型育成ユニットと説明しています。


【配信まであと5日☀】
8/16 新曲「SUMMER VIBER」配信開始!
配信までのカウントダウン企画として定点カメラを設置し、自由にコメントしてもらいました✨本日のメンバーは リク、コウスケ、ケンタの3人☁
それぞれの表現にも注目です、、💃
#SUMMERVIBER
#DBSing https://t.co/aKPHZweI0w— GLOWE (@glowe_project) August 11, 2024
旧DBSing公式ページによると、ユニットは複数回のオーディションを経て構成され、応募総数は延べ5,000人以上。
ただし、「照井さん自身が5,000人の中から直接選ばれた」ことを示す数字ではありません。旧記事ではここがやや強く書かれていたため、今回のリライトでは正確に整理しました。
2024年6月29日に開催されたDBSingの公式イベントでは、ハイタッチ会参加メンバーとして「コウスケ」の名前が確認できます。
さらに11月の公演や12月のイベントにも出演予定者として掲載されており、レッスンだけではなくライブ・イベントへ継続的に出演していたことがわかります。
EXPG時代から一歩進み、DBSingではメンバーと一緒にステージを完成させ、デビュー選抜を目指す立場になりました。日プでチームの中に入ったときも妙に慣れて見えたのは、こうしたグループ活動をすでに経験していたことも関係していそうです。
照井康祐はGLOWEの元メンバー?
照井康祐さんが活動していた当時の名称はDBSingで、GLOWEへの改名は2025年5月です。


GLOWE公式ページでは、育成ユニットDBSingが2025年5月に「GLOWE」へ改名したと説明されています。
照井さんは改名前のDBSing時代に活動していたため、「GLOWEメンバーとして活動していた」と書くと時系列がずれてしまいます。
「元DBSing(現在のGLOWEにつながる育成ユニット)」と整理するのが、現在の検索結果とも当時の活動名とも矛盾しません。
グループ名が変わっているため前世を追うと少し複雑ですが、名称を時系列で分けると照井さんが実際にどの環境にいたのかがかなりわかりやすくなります。
照井康祐はSEVENICに選ばれなかった?
2024年12月にDBSingからSEVENICが誕生しましたが、照井康祐さんはデビュー選抜には入りませんでした。
ワタナベエンターテインメント公式によると、2024年12月26日のプロジェクトライブ「UP! vol.2」で、DBSingからデビュー選抜グループ「SEVENIC」が誕生しました。


照井さんの名前はSEVENICのデビューメンバーには入っていません。
その後DBSingでの活動を終えていますが、選抜結果と活動終了の因果関係は公表されていません。
ここをドラマチックに結びつけすぎるのは避けたいところです。
ただ、一度デビュー選抜から外れた経験を経たあと、さらに大きなオーディションである日プ新世界へ進んだこと自体は変わりません。
結果を知った今だからこそ簡単に見えてしまいますが、次の場所でも再び「選ばれる側」へ戻るのは簡単な決断ではなかったはず。
前世を知るほど、日プで最後までデビュー圏を争った姿に重みが増してきます。
照井康祐の日プ新世界での経歴・デビュー順位は?
DBSingでの活動を経て、照井康祐さんは2026年の「PRODUCE 101 JAPAN 新世界」へ参加しました。
ここからは、過去のダンス経験が番組でどんな評価や順位につながったのかを見ていきます。
照井康祐の日プ新世界での経歴は?
日プ新世界ではダンスとラップを武器にファイナルまで進出し、KO1KEYZ入りを決めました。


日プ新世界の公式プロフィールでは、照井さんの特技は「ダンス、ラップ」。自分を表すキーワードには「変幻自在」を挙げていました。
番組ではシグナルソングからグループバトル、ポジション評価、ファイナルまで複数のステージを経験しています。
過去にダンスをしていた練習生は「経験者だからできて当然」と見られやすいものの、照井さんは日プで自分の得意分野だけを披露していたわけではありません。
明るいコンセプトやラップなど、それまでとは違う課題へ対応していく姿も見せました。前世で身につけたものをそのまま出すだけではなく、新しい武器を増やしながらファイナルまで進んだところに、日プでの成長が見えます。
照井康祐のレベル分けテストはCからAだった?
照井康祐さんは初期評価Cクラスから再評価でAクラスへ昇格し、最高ランク入りしました。


EXPGやDBSingで活動していた照井さんですが、日プ新世界の初期評価はCクラスでした。
そこから再評価で最高ランクのAクラスへ昇格しています。
「経験者だから最初から高評価だった」という経歴ではないのが、この流れのおもしろいところです。
過去の肩書きではなく、日プという新しい環境でもう一度評価を取り直した。その展開があったからこそ、経験者でありながら「ここからどこまで上がるのか」と追いたくなる練習生になったのだと思います。
照井康祐はLove seekerで現場評価1位?
JO1「Love seeker」では個人134票を獲得し、グループバトル総合1位となりました。


グループバトルでは、JO1「Love seeker」を担当。
照井さんは個人134票を獲得し、FREEパートを含む結果で総合1位となりました。
本人は明るいコンセプトを得意としているタイプには見えませんでしたが、本番では口角や視線の使い方まで変え、楽曲の軽さへ合わせています。
得意なダンスで評価されたというより、「苦手な見せ方まで自分のものにしたステージ」だったことが重要です。
前世ではダンスの経験値に注目しがちですが、日プではその経験に頼るだけではなく、自分の見せ方を更新していました。「変幻自在」という言葉に説得力が出たのも、このステージだったように感じます。
照井康祐はSuperでどんな評価を受けた?
ポジション評価ではSEVENTEEN「Super」を披露し、力強いダンスでも存在感を見せました。


「Super」は、低い重心と力強い動きが映える楽曲です。
照井さんの場合、大きく動いたあとでも軸が流れすぎず、止める瞬間に形が残ります。音を強く取る部分と力を抜く部分の差も見えやすく、本人の得意な質感と相性のいいステージでした。
Love seekerでは軽さや笑顔を求められ、Superでは重さと迫力が必要になる。
正反対の2曲で違う見せ方ができたからこそ、単純に「ダンスが上手い経験者」では終わらない強みが見えてきます。過去の経歴で作った土台を、曲ごとに別の形へ変換できるところが照井さんの面白さです。
照井康祐の日プ順位推移は?
順位発表式では7位→3位→4位と、ファイナル直前まで上位のデビュー圏を維持しました。
照井康祐さんの順位発表式での順位は以下の通りです。
| 順位発表 | 順位 |
|---|---|
| 第1回順位発表式 | 7位 |
| 第2回順位発表式 | 3位(国内投票1位) |
| 第3回順位発表式 | 4位 |
| ファイナル | 11位 |
第1回順位発表式では7位。
第2回では3位まで上昇し、国内投票では1位となっています。
第3回順位発表式でも4位でファイナルへ進みました。


サバイバル番組の順位は、本人だけの人気をそのまま表す数字ではありません。投票方式や他の練習生への票の移動によっても動きます。
そのため、4位から最終11位になったことだけを見て「人気が急落した」と考えるのは早いでしょう。
むしろ第2回順位発表式で国内投票1位だったことまで見ると、日本国内でかなり強い支持を集めていた練習生だったことがわかります。
順位が上下してもファイナルまでデビュー圏を走り続けたからこそ、最後に名前が呼ばれるまで安心できない。その緊張感も含めて、照井さんの日プでの軌跡は印象に残りました。
照井康祐のデビュー順位は何位?
照井康祐さんのデビュー順位は最終11位・381,605ポイントで、KO1KEYZ入りしました。


2026年6月6日のファイナルで、照井康祐さんは381,605ポイント・最終11位となり、KO1KEYZの12人に選ばれました。
ここだけを切り取れば「日プで11位デビューした練習生」です。
けれど前世までつなげると、見え方は少し変わります。
EXPGに関連する環境でダンスを学び、GENERATIONSのバックダンサーとして初仕事を経験。TOKYO ALMIGHTY、DBSingと活動するなかでは、SEVENICのデビュー選抜には入りませんでした。
そこから日プ新世界へ進み、今度は自分自身がデビューメンバーとして名前を呼ばれています。
KO1KEYZは2026年10月7日に日韓同時デビュー。デビューシングル「KO1KEYZ」をリリースします。
バックで踊る側から、自分のグループ名でステージに立つ側へ。照井康祐さんの経歴は、最初から順調だった一本道ではありません。選ばれなかった経験も抱えながら次へ進んできた流れを知ると、KOSUKEとして立つ今のステージがさらに印象深く見えてきます。
まとめ
照井康祐さんの前世・経歴をたどると、EXPGに関連するダンス経験からGENERATIONSのバックダンサー、DBSing、日プ新世界へと、10代のうちからステージ経験を重ねてきたことがわかります。
- 照井康祐の前世はEXPG・TOKYO ALMIGHTY・DBSingでの活動
- ダンススクール時代の初仕事はGENERATIONSのバックダンサー
- ワタナベエンターテインメントのDBSingでライブやイベントに出演
- GLOWEへの改名は活動終了後で、経歴上は元DBSingとするのが正確
- 2024年12月のSEVENICデビュー選抜には入らなかった
- 日プ新世界ではCクラスからAクラスへ昇格
- 「Love seeker」ではグループバトル総合1位を記録
- 順位発表式は7位→3位→4位と上位を維持
- ファイナルは11位・381,605ポイントでKO1KEYZ入り
「前世」という言葉だけを見ると、過去の所属先を並べれば終わってしまいます。
でも照井さんの場合は、バックダンサーから育成ユニット、そして日プ新世界を経て、自分自身がデビューするまでの変化にこそ経歴のおもしろさがあります。過去を知ったあとに今のKOSUKEを見ると、ステージ上の落ち着きや見せ方まで少し違って見えてきます。
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